地域で一番早い夏祭り
2026年も、左近山に花火は何回も上がる。
知らないご近所さんとの会話は突然に
昨日今日は地域で一番早い夏祭り、ということだ。お蔭で毎年多くの人が屋台やイベント、花火などを楽しんでいる。私も今回は花火を外で見た。一日目は商店街も歩いて、旧銀行建物のステージも観た。
祭りを最後を飾る花火が終わり、その帰り道、たまたま前を歩いていた年配のご婦人お二人と小一時間話してから帰った。まったく知らない方だが、お祭りや団地について長話してしまった。一人の方は母と同じ、最初からここに住んでいる方だった。つまり、50年以上もご近所さんのはずだが、でも私は知らない。相手も私を知らない。
それくらい多くの人が暮らしているが、当たり障りない距離感で話すこと自体は結構ある。スーパーで「これってどうなのかしら」と話しかけられるのが左近山の日常だ。店員でもないのになぜかそれ以上の商品説明をしていることがあるが、得意分野であるから楽しい。シカゴ大学の心理学実験を知らなくとも、幸福に過ごす方法を実践している人はうようよしている。ただそれは、ご近所さんとおぼしき人と目が合ったらあいさつくらいは言うような癖――行儀としてしっかりその躾がされた家庭や世代が自然とするものでもある気がする。
若者と祭り、花火は儚い
お祭りはふだん見ない数の若者たちでにぎわっている。その量からして団地外からもやってきている。その人たちと交流することはほとんどない。彼らは見知らぬ人と話はしないからだ。活気があっていいけれど、その中の一部の行儀がよくない問題で、毎年祭りの後は緑地に大量のゴミが残されたり、騒音クレームになっている。それで「来年はできないかも」というスピーチをしていたが、そうなっても致し方ないことでもある。今や住民は多く様々で、みんながみんな祭りに参加しない。クレームするのも分からないでもない。
私も都市部へ働きに出ていたつい最近まで、祭りの屋台より家で落ち着いて食べるごはんがよく、打ち上げ花火にしか興味がなかった。大きい音とともに手軽に家の窓から見えるのは贅沢だし毎度きれいだなと思う。しかし打ち上げは短い時間なので、たまたま在宅していたらラッキーくらいで、毎度祭りがある日はどこからか急にわいたヤンキーがいるし、仕事帰りにスーパーで買い物できなくていやだな、というのが正直なところだった。近くで祭りの日は全体にうるさい。夏の間に数回あり、そのほかにもある気がする。日中はいいとしても、仕事などをがっつりしていた頃は、休みに寝ていたくこの音がしんどかった。そして今回も、終わった後の公園に夜遅くまで大勢ではしゃぐ話し声がしていた。
しかしそのあたりは、騒ぐという花火だ。長い人生の儚き時のようなもの。15年前くらいまでは祭りの後に公園で爆竹の音が鳴り響き、ロケット花火が地面を飛んでいたから、子供のやんちゃもずいぶん大人しくなったものだ。「今の若いものは」という言葉は、古代エジプトやメソポタミアの粘土板にも残っているそうだ。言うほうの記憶の美化がされているだけなので、そういうときに花火があっていいのではないかと思う。若い時以外に若い時はないし、子供時代も子供の時にしかない。
祭りの起源からの未来妄想
私の父は、私が小学生になるくらいのとき自治会長を務めたことがある。学童保育を主に保育園仲間と当地につくるために、2年だけ役員をひきうけたと聞いている。私もそんな年齢でその立場なので会合に連れていかれたことがある。そこで、家では子供に食べさせないビーフジャーキーやカルパス、柿ピーなどの味を覚えた記憶と、盆踊りの高いやぐらの上かなにかで挨拶をしていた姿をなんとなく記憶する。
当時の記憶はそれくらいだが、今年の初めからその頃の写真が実家から私の元に来ている。どれも10周年と出ている。自治会の発足はいつなのか?プリントが79年になっているからなんともいえないが、これは1978年か1979年(昭和53年か54年)の団地の風景を切り取ったものだろう。

プレイグラウンドのところの交差点。長年電話ボックスがあった。今では立派すぎる樹の並びも約50年前にはこんなにかわいらしい。父はやるならノリノリでやるタイプだった。大きな10周年うちわを持っている。
団地で祭りがなぜ行われるようになったのか、これはとても説得力のある写真だ。野山だったところから新規開発された土地に伝統行事はないが、お神輿や盆踊りなど、自分の子どもたちにも日本のふるさと行事を楽しませるためであろう。クリスマス会も運動会もみんな子供たちのためのもの。沢山の子供がいれば、にぎやかで騒音でもあったろうと思うが、当時は単身入居不可で子育て世帯が殆どであったから、苦情自体がナンセンスだし、要望もきっとまとまりがあったものと思う。
そのむかしから屋台は、地域団体の参加のほかに的屋も出ていた。屋台はあって楽しいが、あくまで主役ではない。例えば音楽フェスに屋台が目当てで行く人もいるかもしれないが、屋台がなくとも演奏者と熱心な観客のためのイベントである。と考えると、今の多様性のある住民が主役となる夏祭りとは、どんなものだろうか。
ひとつは地域住人の活動発表ステージで、これは実現しているものだ。今年は旧銀行建物内で行われたので、はっきり聞こえて席があって応援もしやすく、不明瞭な雑音になって周囲に響き渡ることがない。私はここを使うのはとても良いと思う。
ただ、私がなにか出し物をしたいとしたら――で考えると、長年住んでいても申込窓口は全くわからない。あと参加基準も分からない。普段たよりにしているインターネットには何もない。多分なんらかで知り合いがいないとわからない。高齢者が多いので紙のほうが有用であるが、今なら日本語でWebページをつくるだけで多言語に自動翻訳できるし、変わった参加もあるかもしれない。
というのも、自動翻訳できるのが普通になる以前に、ダンススタジオの運営の仕事をしていた時のことだ。そこのホームページはほぼ見られていない英語版も更新していたが、ある日突然、旅行中の外国人がピラティスクラスの体験レッスンを受けたいと現れた。受付の私は英会話できないが、相手の方も北欧の方で英語でなければ納得しないような感じでなく、結果お互いの努力で会話になり無事喜んで国に帰っていかれた。うまく言えないがそのかんじで外国からの住人の方も参加や交流できるような左近山団地になるなら、すごくいいな~と思う。